生理的物忘れ
物忘れをするとどっきりしてしまう私たちです。認知症かしら。心配して脳神経内科を受診する方もたくさんいらっしゃいますが、ご自分で心配になって来院される方の多くは生理的範囲内の物忘れです。単に加齢によって知的機能が衰えている状態です。え?加齢で知的機能が衰えるなんて。とがっかりされる向きもあるかもしれませんが、体力だって加齢で衰えます。それと同じです。ただ、どこまでが生理的で、どこからが病的なのか気になるところでしょう。
認知症は脳の神経細胞が壊れて、脳の働きが低下し、ひとりではうまく社会生活が送れなくなる病気です。現時点で、認知症を根治する薬はありませんが、脳を元気にする抗認知症薬があり、またいろいろな工夫で生活がしやすくなります。
認知症が疑われる場合は、認知症なのかそうでないのか、認知症ならどの方なのか鑑別するためにも速やかに診察を受ける必要があります。ご本人はもちろんですが、同居されているご家族の方もご一緒に、そしてお気軽にご相談ください。
認知症
認知症はこれまで正常に働いていた脳の知的機能(記憶、計算、判断、見当識など)が低下し、それによって日常生活や社会生活に支障をきたしている状態をいいます。生理的物忘れでは、うっかり忘れたことを思い出してしまった!などと思うのですが、認知症では覚えることができなくなるために、したがって思い出すことがなく、物忘れをしているという自覚に薄いことが特徴です。
診断
認知症を診断するために必要な検査はCTやMRI、SPECT(血流シンチグラフィー)などがありますが、一番大切なのは病歴と言って、その症状の出現の仕方や進行の様式です。ご本人に「病識」という自覚がない場合も多いのでご家族からのお話が大変参考になります。お話から認知症の疑いがあれば外来でできる認知機能検査(HDS-R、MMSE など)を行います。
認知症の種類
認知機能の低下を引き起こす脳の病気はたくさんあるのですが、まずは、身体の調子が悪くて認知機能が発揮できない状態と、脳の神経細胞が減って、それによって認知機能低下が起こる認知症があります。認知症は変性性認知症と脳卒中(脳梗塞、脳出血)など脳血管の病気によって発症する血管性認知症があり、後者は生活習慣病を防ぐことによって予防ができます。
変性性認知症には、認知症の中で最も患者数が多いアルツハイマー型認知症のほか、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症などがあります。他にも認知症の原因となる病気はいくつかありますが、先に挙げた3つのタイプの認知症と脳血管性認知症を含めた4つのタイプの認知症で全認知症患者の9割程度を占めます。
アルツハイマー型認知症はアミロイドβやタウと呼ばれるたんぱくが脳に溜まり、脳細胞が障害されて少なくなり、脳は萎縮し、認知機能が低下します。認知機能障害の特徴は記銘力の低下で、何かをおぼえこむことが極めて苦手になります。ですから、何回も同じことを言ったり、訪ねたりします。近々の記憶が定かでなくなる割に昔覚えたことは思い出すことができます。進行はゆっくりで、人格の崩れは強くありません。
レビー小体型認知症は認知機能障害に加えてパーキンソニズムと言って体の動かしにくさのあることが特徴です。そのほか、幻視を中心とした幻覚があり、症状の変動も特徴といわれます。
前頭側頭葉変性症は側頭葉の症状として人格の変化が主症状となります。怒りっぽくなったり、暴力に訴えたりします。アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症より、若干若い時期に発症しますが、高齢発症もあり、脳の病理所見の特徴から嗜銀顆粒性認知症と呼ばれます。
治療
血管性認知症だけは予防ができますが、脳血管障害で失われた部分の脳機能は回復しません。予防が重要ということになります。脳動脈硬化を進める生活習慣病を治療しましょう。
その他はどのタイプであっても根治する治療はありませんが、脳に活気を与える抗認知症薬や、幻覚のある患者さんにはそれを消すお薬、落ち着きのない患者さんには気持ちが安定するお薬を使うといった対症療法が中心となります。